こんにちわ。
偉そうなタイトルで申し訳ありません。
ですが私たちは、日々何かしら乗り越えなければ生きていけないですよね。
先日の選挙の結果が不満でも、米やその他物価高があっても。
仕事・子育てが辛く大変でも・・。
そんな中今回は「私ってなんだかんだで日々を乗り越えて生きているな」と感じた正直な気持ちをブログにしたいと思います。
雑記です。
「自分は何も乗り越えられない」と思って生きていた

「エナツはいろいろ苦しんだり悩んだりしたけど、それを乗り越えてきたじゃないか!」
中学生の頃、当時の学年の先生に言われた言葉です。
入学してからはクラスに馴染めず孤立し、友達関係も悪化していました。
ようやくクラスに馴染んできたと思ったら、今度は部活で孤立してしまいました。
「今度は部活で・・?」と実の親にも呆れられ、毎日「逃げたい・消えたい」と苦しんでいました。
誰かに助けてもらいたい一心で先生に相談すると、上記のセリフで励まされました。
ですが当時は全く元気も勇気も湧いてこなくて
- どうせまた乗り越えられない
- 同じことを繰り返す
- もう誰も助けてくれない
とばかり考え、自分で自分を苦しめていました。
私にとっての「乗り越える」は
- 自分1人で何かを成し遂げる
- 鋼のような強い心を持つ
- 絶対に逃げたらダメ
という非常にハードルの高いことだったのです。
案外、乗り越えることを壮大なことと考えている方は多いのかなと思います。
そのため自己肯定感が低く「自分は何も成し遂げられないし変われないし弱いままで何も乗り越えられない」と30年近くそんな思いで生きていました。
出産への不安を深掘りしていたら乗り越えていた事実に気づいた

ブログで何度か綴っていますが、今度出産予定です。
今度で2回目の出産ですが、やっぱりいろいろ不安は尽きません。
「何がそんなに不安なんだっけ?」と軽い気持ちで自分と向き合ってみたら、ふと頭に「乗り越える」という言葉が降ってきました。
「あれ?私、今生きているってことは、日々を乗り越えてきたから?」と言った具合に。
- いろいろあった中学校時代、だけど卒業式にも参加し無事卒業
- 高校時代も就職氷河期だったが無事卒業・就職
- 就職した縫製工場は何度も辞めようとしたが9年続けた
- 東日本大震災では無事だった
- 大型台風が来た時も無事だった
- 結婚後もパートだが働きながら家庭を支えた
- 出産後はメンタル不調や仕事が続かずたくさんの人に迷惑をかけたが今も生きている
- これからの自分の働き方や生き方を模索している
- コロナ禍は大変だったし罹患もしたけど今も生きている
- 米の値上がりで大変だが家族で毎日ご飯を食べられている
- 2人目を妊娠し無事臨月を迎え、お腹の赤ちゃんも毎日動いている
中学校時代から現在までざっくりリストにしてみましたが、以前はこれらを「当たり前」としか捉えていませんでした。
特に震災・災害に対してはたくさんの犠牲者が出た中で「生きてて当たり前」なんておこがましい。
当時は「こっちは毎日死にたいのになんで私は死ねないの?」と自分にも世間にも文句を言っていて本当に最低でした。
だけどどういう因果か、私は今日までなんだかんだで生かされています。
何もできない私でも「生きている」、いや何もできないからこそ今も「生かされている」のかもしれない。
生きているということは、いろいろある日々を乗り越えてきたから。
「生きて生かされている」ことに気づいた時、感謝の気持ちが溢れ出て「大丈夫、これからも乗り越えられる」と思えるようになりました。
そして本当に幸せなことに、以前より「死にたい」と考えることも減りました。
まとめ
今回は、「乗り越える」「生きる」「生かされている」ことについて記事にしてみました。
「自分は何も乗り越えられない」と思って生きて約30年。
今度の出産への不安から「乗り越える」ことについて考えてみましたが、物事って必ず乗り越えなければならないこともあれば、逃げてもいいこともあります。
出産は逃げられません。
何かの物事から逃げた形になったとしても、自分の中で整理がつけば「乗り越えた」ことになるのではと最近は思うのです。
もちろんその物事にもよりますが・・。
今回のブログが誰かにとって参考になれば幸いです。
最後まで見ていただきありがとうございました。