こんばんわ。
「生きているだけでいいんだよ」
そう言われたら、あなたはどう感じますか?
「私は生きてるだけでいいんだ」と、心が満たされますか?
それとも「こんな欠点だらけの自分なのに生きているだけでいいって・・いやいやそんなわけない!」と否定しますか?
私は完全に後者でした。
「生きる価値なし」と決めつけていた

過去の私は「自分には生きる価値がない」と自分自身で自信満々に決めつけていました。
その理由は、一言で表すと「自分ができることに限界がある」ということを認められなかったからです。
日々さまざまな出来事が積み重なっていく一方で
- 人に頼れない
- 人に相談できない
- 自分一人でなんとかしようとする
といったことを徹底してしまい、生きるのを楽しめなくなっていました。
認められたい、褒められたい。
だけど一人で頑張れば頑張るほど、得られる代償は辛く悲しいもので。
誰も自分のことを認めてくれないし、褒められることもない。
むしろ真面目に一生懸命頑張っていることを否定される始末です。
明るく活発で要領の良い、自分とは正反対の人ばかり持ち上がる。
次第に人を信じられなくなり、勝手に人と距離を置き「一人でなんでもできる」ことを目標にしていく。
「限界」だと思っても、ひたすらスーパーウーマンを目指していた。
今振り返ると、生きる意味・生きていて良い理由を自分なりに探していたんだと思います。
答えを見つけて、安心したかったんですね。
結果、何かを成し遂げなくても良かった

私は高校を卒業してから入社した企業で、国家資格を取得しました。
入社したら取得するのが当たり前だと思っていたし(のらりくらりと受験を避けた社員さんもいましたが)、何より認められたかったし褒められたかったから。
再受験もやりたくなかったので、必死に勉強し一発合格。
けれど誰も認めてくれないし、褒めてくれませんでした。
むしろ仕事量や仕事の難易度が上がっていき、失敗すると怒られる。
ほぼ毎日怒られていました。
結婚を機に会社は退職し、現在は二人の子供を育てる母親となりました。
現在は、私が家事などを完璧に成し遂げなくても、娘は「お母さん、遊ぼう」と無償の愛を注いでくれる。
夫も私が手を抜いても基本否定することがないです。
結婚前の企業で取得した国家資格は、現在ほとんど役に立っていません。
何かを成し遂げなくても、私が生きていることで安心してくれる存在がいる。
結婚・出産してようやく理解した瞬間でした。
最後に
すごく重たい話になってしまいましたが、言いたかったのはタイトルの通り「生きてるだけでいいんだよ」ということです。
自分で自分を認められることで、ようやく道が開けることも多々あります。
昔の私は、日々一生懸命頑張っていても国家資格を取っても、自分自身を認めたり褒めたりすることはありませんでした。
今でも認められない時はありますが、少しずつ認められる時間を増やしたことでとても生きやすくなりました。
生きやすくなると「生きてるだけでいい」と自然に思えます。
生きづらい、誰かに認めてほしい。
そう悩んで辛くなっている方にとって、少しでも心に響くことがあれば嬉しいです。
最後まで見ていただき、ありがとうございました。